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呪いの研究

神は人に罰を当てたり、報いを要求したりはしない。それは基本的に、人の一途な想いが想念体となって古代から共有されてきた精霊の意識場と同調し、蛇や山犬、その他、悪鬼、邪気などの姿を借りて相手の体に飛びかかり、食いついているだけのことである。人の邪念が、精霊と連動して相手を攻撃するのが、呪詛の基本である。なかでも一番恐ろしいのは、生きている人間の恨み、憎しみの情念が、負の意識エネルギーとなって相手の意識に干渉し、飛んでいく「生霊」なのだ。(13)

 

このように、何のために生まれてきたのか悩み、人生に絶望しても、決してしなせてくれないのである。そして、そんな経験を積むうちに、突如神がかりになったり、他人に見えないものが見えたり聞こえたりするようになる。「自分はとうとう狂ってしまったのだろうか」と思っていると、自分を導いてくれる人や、援助してくれる人が現れる。これまでの職業、家族関係、友人関係も総入れ替えとなって、見えない糸に操られるかのように偶然の出来事が重なり、最終的には霊的な仕事を選択するように「持ってこられる」のである。

・・これらの出来事はすべて「何かの意志」によって完璧なまでに計画され、アレンジされている。つまり、必然として、人生におけるすべての経験がつながっているのである。(27)

 

つまり、自分が最終目的とする状態を念じるだけで、途中のプロセス抜きで、物理的事象や生活上の出来事が実現できる性質を指す。・・

呪詛も一種の念力である。この場合も、呪う側は最終的な結果だけを一心不乱に念じ続けるのであり、相手の生活環境や身体の堅強さなどの情報がわからなくても、「想い」を飛ばし続けることで、やがて相手の身体機能の弱っていた部分から弱体化が起こって、急性の病に至ることもありうる。(37)

 

学術的にはトランスパーソナル心理学超心理学と呼ばれる分野で研究されているテーマとも深い関係がある。キーワードは変性意識状態と霊性である。これらの聞き慣れない学問分野と用語についてはおいおい語ることにして、まずは人間の情念、人間関係のドロドロした部分にスポットを当てて、身近なところから問題提起していくことにしよう。(43)

 

中国大陸ないし朝鮮半島から移住して大和朝廷を樹立した豪族の奉じる天津神と、日本列島に先住土着していた部族の奉じる国津神にまつわる神話群は、旧来の狩猟採集文化にのっとって生活してきた縄文人の末裔と、水稲稲作文化を日本にもたらした渡来系の人々の末裔との紛争を象徴したものであろう。

・・・なお、物部氏進行していた原神道の系譜は、彼らの遠祖、饒速日命(にぎはやひのみこと)授けされた十種神宝(とくさのかむたから)の祝詞にみられるように、魂を奮い起すことにより霊的エネルギーを高め、癒しのパワーを生み出す宗教だったと思られる。(48)

 

社会心理学では、ある集団のまとまり(集団凝集性)が強い場合、その集団内の社会的地位の低いメンバーを特定して攻撃することによって、強い一体感や連帯感を維持する機能が働くことが明らかにされている。(61)

 

精神的・身体的な病気が「憑き物」によって起こったのかどうかを占うのは祈祷師であるが、その占いを信じる人々がいなければ祈祷師は存在し得ないと論じている。行者、巫女、祈祷師たちに占いやお祓いを頼み、その効果を信じる人々がいるからこそ、職業として成立しているのである。

こうした信仰は、つまるところ、心の非合理的な機能、無意識の原始的衝動に根差しており、時代や社会的背景を超えて、われわれの心の奥底に綿々と受け継がれているものと思われる。(64)

 

しかし、現代のように共同体が崩壊した状況にあっても、拝み屋たちの中には先祖代々受け継いできた秘法によって、ある種の「意識エネルギー」を行使して、犬神、蛇などの憑霊を、単なる信仰のレベルを超えて自在に操る人がいる。(65)

 

真性の霊媒体質者には、「神仏の世界」からお呼びがかかる日がかならずやってくる。血がカミを呼ぶ。これが霊媒体質者の定めのようなものである。(79)

 

霊性(spirituality)とはいったい何であろうか。私は、意識の拡張に伴う、人間の非日常的な感覚や意識の現われ、つまり霊的、超常的、超個的、神秘的な体験全般を霊性と考えている。これらはいずれも、個人のレベルを超えた意識領域が自覚されるようになることを意味している。(83)

 

いずれにしても、霊性は個人と宇宙との関係を特徴づける何かであり、それは必ずしも形式や儀礼、瞑想などを必要とはしない。本人の意思や意図とは無関係に発生している面もあり、「向こうの方」から突発的にやってくる性質を持っている。それに、日常生活の中でもとても感動したり、普段の営みの中で聖なるものに遭遇するような体験も霊性の一種と考えられる。(84)

 

トランスパーソナル心理学では、いわゆる超常体験や神秘体験、宗教的体験などの非日常的な意識体験が研究の対象になっている。これらは霊性発現の指標として了解されることになる。
霊性発現(spiritual emergence)とは、心身の健康が増進されて、他者、自然、そして宇宙(cosmos)とのより深い一体感が感じられるようになり、自分の意識が変容していくプロセスである。

一般に霊的発現があまりにも急激、劇的に起こると、日常生活が困難になり、意識の変容プロセスそのものが霊的危険(spiritual emergency:SE)となる。霊的危機はいわば急性の霊性発現なのである。霊的危機の中には以下のようなものがある。

1 統一意識のエピソード(至高体験
2 クンダリニー覚醒
3 臨死体験
4 過去生記憶の想起
5 中心への回帰による心理的再生
6 シャーマンの危機
7 超感覚的知覚の覚醒(サイキック・オープニング)
8 霊的ガイドとの交信、チャネリング
9 UFOとの接近遭遇体験
10 憑依現象

以上のような状態を引き起こす原因には、大きく分けて六つのパターンがある。

1 身体的要因
2 分娩・出産
3 性愛的活動
4 深刻な喪失体験
5 薬物・心理療法
6 さまざまな霊的実践

(99-104)

 

魂の暗夜ーシャーマンの危機ー

シャーマン(sharman)とは、シベリアのツングース系部族の動詞「sa」(知ること)を語源にしている。いわば「智慧者」の意味になる。文化人類学の研究では、シベリアのシャーマンには「シャーマンの病」という精神的、生理的危機があることが知られている。これは、新しくシャーマンとして召される者が必ず通過する症候群である。

シャーマンの危機は、文化によって現れ方が異なるが、基本的に次の三つの体験が順に出てくる。

1 地下世界、死者の領域への身の毛もよだつような旅と冒険
2 天上界へ上昇していく恍惚感を伴う体験と超自然的知識の獲得
3 「現実世界」への帰還

(110-111)

 

エゴを肥大させて、煙幕を張って神仏的な意識からの「光」を遮りながら増殖する存在はある。いわゆる「魔物」の類だろうが、人間自身が発する想念の汚物(敵意、憎しみ、攻撃衝動など)、負の感情のエネルギーを栄養源にしている存在については、彼らも経験的に知っている。・・

四国の拝み屋の眷属(動物霊)の声や姿を当たり前のように認識し、交信できる。これは世界中のシャーマンの体験の中にしばしば登場するパワーアニマルである。
これは単なるイメージではなく、自我を超える意識の次元にまで認識の範囲が広がると、誰にでもその存在が感じられる。・・

眷属というと夢枕獏の「陰陽師」などを連想する人もいるようだが、陰陽道自体は明治期に壊滅的打撃を受けて途絶えてしまったので、戦後復活した土御門家(つちみかどけ)などの本流は形がい化している。しかし、陰陽道の傍流であるいざなぎ流では、式打ち(紙で作った人形を使って眷属である式神を召喚する儀式)は今でも行われている。・・目には見えない次元で、眷属(式神、式王子)を飛ばしているのである。

(119-121)

 

超心理学は、心霊現象や超能力と呼ばれる現象が人間のもつ未知の心理作用に起因することを検証する学問である。

超心理学の歴史は、1882年、ロンドンに心霊研究協会(Society of Psychical Research、SPR)という組織が創設されたときにまでさかのぼることができる。・・・

これは当時の社会背景も絡んでいる。19世紀の終わりから20世紀のはじめにかけて、アメリカやヨーロッパでは心霊ブームが起きた。多くの冷媒や霊能者が登場し、盛んに交霊会が開かれ、霊媒が「死んでいる人」から発信されたとする情報を受け取ったり、自分の肉体の霊を「憑依」させて死者と交信したりしていた。(124-125)

 

ラインは、サイ研究の対象を、生きている人の超感覚的知覚(extra-sensory perception ESP)と念力(psychoknesis,PK)という二つの減少に絞った。

超感覚的知覚とは、通常の感覚的手段を媒介としない方法で、他者の心の中や事物の状態について感知する超常的な心の働きを意味する。
①透視、②テレパシー、③予知
変則的認知と呼ぶこともある。

念力は筋肉などの効果器や既知の物理エネルギーを媒介しない方法で、対象となる生物や物質の状態に変化を及ぼす超常的な心の働きを指す。
①質量の大きな物質の移動や変形(マクロ念力,macro-PK)
②量子レベルでの物理的プロセスに対する精神的影響(ミクロ念力、micro-PK)
③念写
④生物の行動や生理的プロセスに対する影響(生体念力、bio-PK)

サイ(psi)=超常的能力

(125-126)

 

ガンツフェルトの実験(133)
ヘルムート・シュミット・乱数発生装置、念力実験(138)


プリンストン大学のR・ジャンらは、乱数発生器を用いて250万回に及ぶミクロPKの実験データを蓄積した。その結果、人間の意識が乱数発生器の信号の出方に影響を及ぼすことは、ほぼ確実であることが示された。(140)

 

変性意識とは、通常の覚醒している意識の状態とは異なるすべての心理状態を指す。催眠によって引きこされたトランス状態、感覚遮断状態、酩酊状態、夢見と深い関連性があるレム睡眠状態など

 

私の印象では、これらの出来事はすべて「何かの意志」によって完璧なまでに計画され、アレンジされている。つまり、必然として、人生におけるすべての経験がつながっているのである。(27)

 

人によって経験の種類はもちろん異なるが、共通したパターンがある。彼らが極端な貧・病・争体験をもっていることである。それは、普通の人ならまず耐えきれない出来事の連続である。(26)

 

犬神(25)

 

実際、修行中は、不思議なほどお金が入ってこなくなる。他人にはそういうそぶりを見せることは決してないけれども、お金の苦労、経済的困窮も、修行のメニューのひとつであると、彼らは自覚している。ぼろをまとい、あばら屋に住んで、その日暮らしをしているのがふつうである。(23-24)

 

催眠や瞑想、自律訓練法などのトレーニングを積んだ人、感覚遮断状態にある人の脳波は、その周波数が遅くなることがわかっている。

β波(1秒間に13~14サイクル)目を開けて思考活動などをしているとき
α波(1秒間に8~13サイクル)目を閉じてリラックスしているとき
Θ波(1秒間に4~7サイクル)深い安静状態
δ波(1秒間に0.5~3サイクル)深い眠り

変性意識状態下では、α波やΘ波が優勢になってくる。この事実は、変性意識状態が覚醒水準の低下と精神活動の鎮静化をもたらす証拠といえる。要するに、変性意識状態とは、意識と無意識の境目の状態であり、半分目覚め、半分眠っているような、中間的な意識状態である。

変性意識状態においては、テレパシー、予防、念力などの超常現象も生じやすくなることが超心理学の研究で示されている。(150)

 

われわれ人間の意識状態は、注意の焦点がどの意識レベル(チャネル)に向くかによって、自覚されるものはまったく変化する。・・・トランスコミュニケーションは、当事者の意識状態(意識の水位)が深層レベル(チャネル)にまで下がってくることによって、より直接的な意識の共有が生じる可能性が示唆する概念なのである。(150)

 

意識が集団レベル、集合レベルでも作用する、ということである。個人の集まりは集団意識を持っている。
集団意識はその集団の注意・関心が共通の対象もしくは出来事に集中しているときに強められ、集団の中での
結合力を生み出す。逆に、その集団の注意が拡散すると、集団の精神的結合力もまた拡散する。(183)

祈りや祈祷も、集団規模で心が一つになったときには劇的な現象を起こす可能性がある。・・もちろん、その逆に、
大勢の人々の敵意や憎しみ、怒りや呪う想いが一つになったときには、集団や集合レベルでの悲劇、争いが勃発する
可能性も生じる。
・・ラディンは、ある集団の個人が異なる事物に注意を向けているとき、集団意識および集団の精神的結合は事実上ゼロになり、
何らかの物理的変化も生じなくなると主張している。(184-185)

ここで私が言いたいのは、自分の心の中に巣食う闇、悪感情を否定したり、抑圧することなく、これと自然に向き合い、
受け入れる姿勢をまず固めることが大事だということである。(200)

「神(その裏面としての悪魔)は自分の内側にある」という考え方は、あながち的外れもはない。まず自分の内側にどのような神仏
のイメージを抱くか、次にどのような気持ちで参拝や礼拝の場所に赴くか、これによって自分と同調する意識場も異なってくるはずである。
(203)